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パノラマカーへのメッセージ

 投稿者:中京  投稿日:2008年 1月 6日(日)11時10分0秒
返信・引用 編集済
  7001F様
あなたが世に出てきたときの驚きはすごかっただろうと思います。豊橋駅での発車式を見たのですが本当にたくさんの人に迎えられたのですね。
その後もあなたは他の7000系のみんなをリードしてきてくれました。あなたがいなければきっと45年も活躍できなかったことと思います。
この前は最後にあなたに会うことができ、本当にうれしかったです。
急行運用も多く、まだまだ体には辛い日々が続く(笑)ことと思いますが、ぜひ頑張ってください。

7003F様
あなたは「ダンプキラー」の威力を身をもって示してくれました。(*1)あなたは「これ以上ダンプキラー使うことがないといいですね」と言っていましたが
その後使われていないのは本当に何よりです。他の車両思いのあなたのこと、うれしく思います。そしてニキシー管のメーターで、さらにパノラマカー
に乗る楽しさを教えてくれました。(*2)7001さんと同じ運用になると思いますが、良いコンビで頑張ってください。

7005F様
7001さん、7003さんが白帯車になった時(*3)のあなたの寂しそうな姿は忘れられません。またあなたの中間車も7035Fで白帯を巻いており、寂しかったことと
思います。でもあなたには、最近も急行の颯爽とした姿で会うことが多くうれしい限りです。まだまだあなたには会いたいです。ぜひ元気に頑張ってください。

7007F様
何と言ってもあなたは栄光のブルーリボン賞記念車両になったんですよね?誇らしげなあなたの姿を私は本当にうれしく思います。あなたもまだまだ急行として
活躍する機会が多いですね。ぜひこれからも頑張ってください。

7009F様
あなたは不思議と稲荷急で会うことが多かったですね。よく「この年になっても、こんな運用就けるんだから、私は幸せですよ」と言っていましたね。
中間の9次車はまだまだ活躍したいと思っています。あなたのリードで、これからも頑張ってください。

7011F様
あなたは白帯車の魅力を最後まで伝えてくれました。でも、正直あなたが白帯車になるとは私は思っていませんでした。白帯になる前、P6だった時に
特急豊橋であなたに出会ったとき、「何でこんなのが豊橋特急で来るんだ」と悪態をついてしまいました。
今でも申し訳なく思います。でもDVDからあなたの魅力は十分伝わってきました。これからも頑張ってください。

故・7013F様
あなたとも稲荷急で会うことが多かったですね。白帯の付いた7011Fさんのことを本当にうらやましそうに見ていたのを覚えています。
「僕は7000の中でも地味ですもんね」そんなことなかったですよ。
あなたがこんなに早く引退するとは・・・・残念です。

故・7015F様
真っ先に白帯2次改装を受けたとき、初めてあなたに会って「おお、こんなにかっこよくなったんだ」と感動しました。
その後も特急でよくあなたに会いましたね。
お別れがちょっと早くなってしまいましたが、あなたは白帯のまま引退できて幸せだったのかもしれません。これからも残っている7000や、後輩のこと、
見守っていてください。

故・7017F様
私が2年前出動したとき、あなたが岐阜に来た時は本当に感激しました。
ただ、あなたが本当にくたびれているんだなあ、というのが分かり心配にもなりました。
「中京さん、僕もう限界かもしれません」と言われた時、何と励まして良いのかわかりませんでした。そのまま引退・・・本当にお疲れ様でした。

7019F様
あなたは今一番会いたい車両です。P6(NSR)になって、「よし、まだまだ急行運用就けるぞ」って本当にうれしそうでしたね。
そんな元気なあなたを見ているとあと10年は走りそうな気もします。 (大げさかな???)
7001さんや7003さんをこれからもぜひ助けていってください。

故・7021F様
あなたも早くに白帯になり、本当にうれしそうに本線を走り回っていましたね。
一般車になったとき、また引退する時の悲しそうな顔は今も忘れられません。
でもあなたもよく特急で出会いました。あなたの走りはしっかり後輩に受け継がれています。これからも見守っていてください。

故・7023F様
あなたは本当に7021Fさんと仲良かったですね。でも先に白帯を解除された時、大泣きしていたのを覚えています。
同期ではまだ7017Fさん、7019Fさんが残っています。これからも見守っていてくださいね。

7025F様
気が付けばまわりはみんな引退して、寂しくなってしまいましたね。
この前、太田川であなたが連結された時、私はうれしくなり乗り込みました。
「中京さん、さびしくなっちゃったけど、僕はまだまだ元気ですよ」って言ってくれましたね。これからも頑張ってください。

故・7027F様
あなたが中京競馬場に保存されるとは思いませんでした。
動かなくなってしまったあなたですが、これから7000系の魅力を伝えるという大きな仕事がありますね。
ぜひ競争馬と一緒に、来る人に夢を与え続けてください。

故・7029F様
引退直前まで白帯でバリバリ走っていた覚えがあるので、あなたの早い引退には驚きました。
7031Fさんとともに5次車が真っ先にいなくなってしまって寂しいです。
これからも見守っていてください。

故・7031F様
あなたも7029Fさんと同じです。早い引退には驚きました。
あなたに会う機会が非常に少なかったので本当に寂しいです。これからも見守っていてください。

7033F様
最初に白帯になったとき、「デビューの頃より緊張しました」って言ってましたね。
でも本当にうれしそうだったのを覚えています。
白帯を解かれた今も「普通の運用が多いですけど、いろんな駅や人に会えて楽しいですよ」って言っていますね。
これからも頑張ってください。

7035F様
あなたも最初に白帯を巻いたのですが、あなたで思い出されるのは、9次車が初めに連結されることが決まったとき(*6)に、
「中間には1次車の先輩いるしな〜。仲良くやっていけるかな〜」と本当に不安そうでしたよね。
でもあなたは立派に大役を果たしました。これからも頑張ってください。

故・7037F様
小さいときに見た自動方向幕、今でも覚えています。
セントレア普通で会ったときの疲れた姿は胸が痛くなりました。そのまま引退されてしまいましたね。
本当にお疲れ様でした。

故・7039F様
最後の方まで白帯を守っていたあなたを襲った突然の水害、そしてその後に出会った時のあなたのぼろぼろの姿、
今でも思い出すと涙が出ます。
7次車はまだ更新を受けていなく、あなたの仲間の今後もちょっと不安です。
これからも見守っていてください。

7041F様
真っ先に白帯を巻いたのに、真っ先に解かれてしまい(*7)、あなたは辛かったんじゃないか?と思います。
ただ、白帯の面影の残るロングシートを見るとあなたが頑張っていた頃を思い出します。

7043F様
あなたに会う機会が非常に少なく、ちょっと寂しかったですね。
あなたにもぜひ会いたいと思っています。セントレア急行で颯爽と走るときに会えるといいですね。

7045F様
子供の頃あなたに初めて会った時、「今までと違うパノラマカーだ!」と本当にまぶしく見えました。
あなたは7000系の中でも別格の存在でした。
先日、可児急で元気な姿に会えてうれしかったです。これからも頑張ってください。

故・7047F様
あなたはずっと陽の当たるところを歩いてきましたね。なのに早くに引退してしまいました。7000系の末っ子だったのに。
最後まで日の当たるところを歩けなかった7045Fさんを気に掛けていましたね。
本当にお疲れ様でした。

7101F様
あなたが出たときは本当にびっくりでした。でも両開きで使いやすいことがあなたが生まれたきっかけだと思います。
あなたはまだまだ働かないといけないですしね。これからも7700さんと協力して頑張ってください。
 


P車へのメッセージ

 投稿者:中京  投稿日:2008年 1月 6日(日)11時05分23秒
返信・引用
  7001F様
あなたが世に出てきたときの驚きはすごかっただろうと思います。豊橋駅での発車式を見たのですが本当にたくさんの人に迎えられたのですね。
その後もあなたは他の7000系のみんなをリードしてきてくれました。あなたがいなければきっと45年も活躍できなかったことと思います。
この前は最後にあなたに会うことができ、本当にうれしかったです。
急行運用も多く、まだまだ体には辛い日々が続く(笑)ことと思いますが、ぜひ頑張ってください。

7003F様
あなたは「ダンプキラー」の威力を身をもって示してくれました。(*1)あなたは「これ以上ダンプキラー使うことがないといいですね」と言っていましたが
その後使われていないのは本当に何よりです。他の車両思いのあなたのこと、うれしく思います。そしてニキシー管のメーターで、さらにパノラマカー
に乗る楽しさを教えてくれました。(*2)7001さんと同じ運用になると思いますが、良いコンビで頑張ってください。

7005F様
7001さん、7003さんが白帯車になった時(*3)のあなたの寂しそうな姿は忘れられません。またあなたの中間車も7035Fで白帯を巻いており、寂しかったことと
思います。でもあなたには、最近も急行の颯爽とした姿で会うことが多くうれしい限りです。まだまだあなたには会いたいです。ぜひ元気に頑張ってください。

7007F様
何と言ってもあなたは栄光のブルーリボン賞記念車両になったんですよね?誇らしげなあなたの姿を私は本当にうれしく思います。あなたもまだまだ急行として
活躍する機会が多いですね。ぜひこれからも頑張ってください。

7009F様
あなたは不思議と稲荷急で会うことが多かったですね。よく「この年になっても、こんな運用就けるんだから、私は幸せですよ」と言っていましたね。
中間の9次車はまだまだ活躍したいと思っています。あなたのリードで、これからも頑張ってください。

7011F様
あなたは白帯車の魅力を最後まで伝えてくれました。でも、正直あなたが白帯車になるとは私は思っていませんでした。白帯になる前、P6だった時に
特急豊橋であなたに出会ったとき、「何でこんなのが豊橋特急で来るんだ」と悪態をついてしまいました。
今でも申し訳なく思います。でもDVDからあなたの魅力は十分伝わってきました。これからも頑張ってください。

故・7013F様
あなたとも稲荷急で会うことが多かったですね。白帯の付いた7011Fさんのことを本当にうらやましそうに見ていたのを覚えています。
「僕は7000の中でも地味ですもんね」そんなこと言っていたあなたが引退してしまったのは本当に残念です。

故・7015F様
真っ先に白帯2次改装を受けたとき、初めてあなたに会って「おお、こんなにかっこよくなったんだ」と感動しました。
その後も特急でよくあなたに会いましたね。
お別れがちょっと早くなってしまいましたが、あなたは白帯のまま引退できて幸せだったのかもしれません。これからも残っている7000や、後輩のこと、
見守っていてください。

故・7017F様
この前は長時間ありがとうございました。あなたが岐阜に来た時は本当に感激しました。
ただ、あなたが本当にくたびれているんだなあ、というのが分かり心配にもなりました。
「中京さん、僕もう限界かもしれません」と言われた時、何と励まして良いのかわかりませんでした。あなたはそのまま引退してしまいましたね。
でも、本当にお疲れ様でした。

7019F様
あなたは今一番会いたい車両です。P6(NSR)になって、「よし、まだまだ急行運用就けるぞ」って本当にうれしそうでしたね。
そんな元気なあなたを見ているとあと10年は走りそうな気もします。 (大げさかな???)
7001さんや7003さんをこれからもぜひ助けていってください。

故・7021F様
あなたも早くに白帯になり、本当にうれしそうに本線を走り回っていましたね。
一般車になったとき、また引退する時の悲しそうな顔は今も忘れられません。
でもあなたもよく特急で出会いました。あなたの走りはしっかり後輩に受け継がれています。これからも見守っていてください。

故・7023F様
あなたは本当に7021Fさんと仲良かったですね。でも先に白帯を解除された時、大泣きしていたのを覚えています。
同期ではまだ7017Fさん、7019Fさんが残っています。これからも見守っていてくださいね。

7025F様
気が付けばまわりはみんな引退して、寂しくなってしまいましたね。
この前、太田川であなたが連結された時、私はうれしくなり乗り込みました。
「中京さん、さびしくなっちゃったけど、僕はまだまだ元気ですよ」って言ってくれましたね。これからも頑張ってください。

故・7027F様
あなたが中京競馬場に保存されるとは思いませんでした。
動かなくなってしまったあなたですが、これから7000系の魅力を伝えるという大きな仕事がありますね。
ぜひ競争馬と一緒に、来る人に夢を与え続けてください。

故・7029F様
引退直前まで白帯でバリバリ走っていた覚えがあるので、あなたの早い引退には驚きました。
7031Fさんとともに5次車が真っ先にいなくなってしまって寂しいです。
これからも見守っていてください。

故・7031F様
あなたも7029Fさんと同じです。早い引退には驚きました。
あなたに会う機会が非常に少なかったので本当に寂しいです。これからも見守っていてください。

7033F様
最初に白帯になったとき、「デビューの頃より緊張しました」って言ってましたね。
でも本当にうれしそうだったのを覚えています。
白帯を解かれた今も「普通の運用が多いですけど、いろんな駅や人に会えて楽しいですよ」って言っていますね。
これからも頑張ってください。

7035F様
あなたも最初に白帯を巻いたのですが、あなたで思い出されるのは、9次車が初めに連結されることが決まったとき(*6)に、
「中間には1次車の先輩いるしな〜。仲良くやっていけるかな〜」と本当に不安そうでしたよね。
でもあなたは立派に大役を果たしました。これからも頑張ってください。

7037F様
小さいときに見た自動方向幕、今でも覚えています。
そしてあなたには特急で本当によく出会いましたね。あの時の内装のまま残っていてくれるのが本当にうれしいです。
あなたにもぜひ出会いたいと思います。

故・7039F様
最後の方まで白帯を守っていたあなたを襲った突然の水害、そしてその後に出会った時のあなたのぼろぼろの姿、
今でも思い出すと涙が出ます。
7次車はまだ更新を受けていなく、あなたの仲間の今後もちょっと不安です。
これからも見守っていてください。

7041F様
真っ先に白帯を巻いたのに、真っ先に解かれてしまい(*7)、あなたは辛かったんじゃないか?と思います。
ただ、白帯の面影の残るロングシートを見るとあなたが頑張っていた頃を思い出します。

7043F様
あなたに会う機会が非常に少なく、ちょっと寂しかったですね。
あなたにもぜひ会いたいと思っています。セントレア急行で颯爽と走るときに会えるといいですね。

7045F様
子供の頃あなたに初めて会った時、「今までと違うパノラマカーだ!」と本当にまぶしく見えました。
あなたは7000系の中でも別格の存在でした。
先日、可児急で元気な姿に会えてうれしかったです。これからも頑張ってください。

故・7047F様
あなたはずっと陽の当たるところを歩いてきましたね。なので最近どうしているかな、とちょっと心配でした。
最後まで日の当たるところを歩けなかった7045Fさんのことを気にかけていましたね。
引退は本当に残念です。

7101F様
あなたが出たときは本当にびっくりでした。でも両開きで使いやすいことがあなたが生まれたきっかけだと思います。
あなたはまだまだ働かないといけないですしね。これからも7700さんと協力して頑張ってください。


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それぞれの旅立ち  投稿者:中京  投稿日:2006年 5月24日(水)21時04分31秒
   昼下がりの舞木検車場。
ここには、激務で疲れ、検査を受けている車両や、休んでいる車両がいます。
「ふ〜極楽極楽。いい休養だ」と言っている1200系、また「やだよ〜検査なんて」とごねているまだよちよち歩きの3150系など。

その片隅に、既に役目を終えてゆっくり眠っている「いもむし」3401Fがいます。
惜しまれつつ運用からはずれ、長いことずっと留め置かれていましたが、ついにこの日、3401、2401がばらばらになり、3401は
後世へ「いもむし伝説」を伝えるため保存され、2401は残念ながら、名電築港で解体されることになってしまいました。
70年近く頑張ってきた2両も、ついに、お別れの時が来ました。

今日はずっと2両を見てくれていたAさんが、お別れに来ています。
「とうとうお別れなんだなあ・・・・」
つぶやくAさんの横に、もう物言わぬ3401Fが横たわっています。
「ずっと2両で、本当に頑張ってきたんだもんなあ。できれば2両とも保存したかったなあ。。。。」
涙ぐむAさん。しかし、今の車両保存事情は厳しいようです。
「2401君、本当にありがとう。後輩達を見守ってくれよ。。。」
ポンと2401をたたいて、Aさんは2401を見つめていました。

検査場には今やセントレア特急で活躍する2201Fがやってきました。
2201F:「あ、いもむしさん、離れ離れになってる・・・・」
Aさん:「やあ、2201君。今日、2両はお別れなんだ」
2201F:「え〜???どうなっちゃうんですか?保存ですか?」
Aさん:「3401君はね。でも2401君は築港で解体なんだよ」
2201F:「そんな・・・・・(涙)2401さん、本当にお疲れ様でした。2401さんの番号は、僕がしっかり受け継いでいます。
     2401さんに恥じないよう、頑張りますので、見守っていてくださいね」
Aさん:「そうだね。君は2401といい、「なまず」君の2351といい、立派な番号を受け継いでるんだもんね。これからも頑張れよ」
2201F:「(涙をふいて)はい、頑張ります」

その時でした。何やら声が聞こえました。
2201F:「誰の声だろう・・・」
3401F:「Aさん、2201君、わしですよ。3401ですよ」
Aさん:「え?3401君?どこにいるの?」
3401F:「天国からですよ。こっちはみんなで楽しくやってますよ。仲間も増えて」
Aさん:「悲しいけど、空港線できて、そっちの仲間が増えちゃったねえ」
3401F:「でも5500君は「もう十分働きました」って満足してたし、最初は無念そうな顔していた8800君も、「後輩達が頑張ってるから、もう安心して
     こっちですごしますよ」なんて言ってますよ」
2201F:「3401さん、2201です。初めてお目にかかります」
3401F:「やあ、初めましてだね。君や2000君の大活躍は聞いてるよ。」
2201F:「いえ、僕なんてまだまだです。立派な番号を汚さないよう毎日精一杯で・・・・」
3401F:「君は不安に思うことなんてないよ。わしの編成の2401や、2351って立派な番号受け継いで、本当に頑張ってるよ。それに、君は現役の仲間や
     天国からも先輩達が見守ってるから、安心して働くんじゃよ」
2201F :「分かりました。頑張ります」
3401F:「Aさん、そりゃ70年近く連れ添ってきたから、離れ離れになるのはわしも寂しいです。でも、3401の方が、わしのことを伝えてくれるんなら、
     それで満足ですよ」
Aさん:「そうかもしれないね。僕も3401君をこれからも大切にするよ」
3401F:「わかりました。じゃあこれで、わしはまた眠りにつきますね」

Aさんと2201Fはもう1度、3401Fの方を見ました。
何事もなかったように3401Fは眠っています。
Aさん:「今のは本当に「いもむし」君の声だよ」
2201F:「はい、僕もはっきり聞きました・・・・・」

翌日、2401はデキに引かれて旅立っていきました。
当日は涙雨がしとしと降っていました。
雨にうたれ、少し元気そうな木々や草の中、寂しそうに2401はたたずみ、その時を待っていました・・・・・
 
お得なプロバイダーとくとくBB

7019Fの思い

 投稿者:中京  投稿日:2007年 9月21日(金)16時58分18秒
返信・引用
  「ぴっかぴかにしてもらったなあ・・でも・・・・」
7019Fの表情は曇っていました。
1ヶ月近くに及ぶ全検、ファンのみんなは「もしかしたら引退?」と心配していました。
7019F自身も引退を覚悟して、いや引退したくて、舞木に行きました。
しかし待っていたのは引退ではなく、おそらく最後になるであろう全検でした。

「3次車で残ったのも僕だけだしなあ。7017も引退しちゃったし・・・・」
2編成だけになってしまってから、7019Fと7017Fはずっと励ましあってきました。
3次車の中で7019Fが白帯を巻けず、寂しい思いをしているんじゃないかと、7017Fはいつも
気遣ってくれました。7017Fが引退のために大江にいたとき、7019Fは涙が止まりませんでした。
「こんなにぼろぼろになるまで頑張って・・・僕のことを気遣ってくれて(涙)」
今でも走りながら、7019Fは7017Fのことが心残りでたまりませんでした。
「できれば僕もみんなと一緒に引退したかった・・・」そう考えていました。

そこへ、7045Fがやってきました。
7045F:「7019さん、こんにちは。ぴっかぴかになりましたね」
7019F:「おお、久しぶりだね。今日は豊橋に行くのかい?」
7045F:「はい、ほんとに久しぶりです。。あ、でも何か7019Fさん元気ないですね」
7019F:「そうだね。仲間がいなくなっちゃって。3次車僕1人だけだしね」
7045F:「その気持ち分かりますよ。僕もそうですから」
7019F:「あ、そうだったね」

8次車も運命は同じでした。7045Fと7047Fは途中から運命ががらりと変わってしまいました。
白帯を巻いて光の中にいた7047F。でも7047Fもまた、白帯の巻けなかった7045Fを気遣い、
先に旅立っていきました。

7019F:「僕らも落ち込んでばかりいられないのかな」
7045F:「そうですよ、ほら、あれを見てください」

駅のホームに、多くの人がいました。
7019Fのことを心配し、帰ってくると聞いて、駆けつけてくれた人でした。
「おかえり、7019F。心配かけやがって〜」
「ピカピカになってよかった。これからも活躍してくれよ」
「君は最後まで残るパノラマだと思う。頑張ってね」
たくさんの人が声をかけてくれました。

7019F:「よし、みんなのためにも、最後まで頑張ろう」

7019Fは元気に運用に就いていきました。

外はまぶしい太陽が照りつけ、7019Fの復帰を祝福しているようでした。
 
お得なプロバイダーとくとくBB

乗車記その4

 投稿者:中京  投稿日:2007年 4月27日(金)19時54分27秒
返信・引用
  中部国際空港→名古屋→岐阜

中部国際空港駅は、春休みでとても賑わっていた。
ホームは「ポケモン」2111Fを見ようと、たくさんの子供たちが2111Fに向かって走っている。
しばらくすると2番線に乗る予定にしていた2204Fが到着し、7000系、2200系、2000系の
「揃い踏み」状態になっていた。
以前は子供たちの憧れだった7000系も、さすがに「ポケモン」には勝てないようだ。
それもそのはず、世界中で放送されポケモンは本当に大人気だ。
全日空の「ポケモンジェット」も人気がある。無理ないか・・・・
かくいう私も予定を変更して「ポケモン」2111Fに乗ることにした。
2011F+2009Fの8連なのだが、かなり席が埋まっている。

そして、中部国際空港駅を発車した。
「特急車両にラッピングなんて・・・」という人も多いかもしれないが、2000系はラッピングしても本当に良く似合う。
やはり白地の車両だからであろう。
前回の「セントレアフレンズ」もなかなか良かったし、1000系の「犬山時代絵巻」もなかなか良さそうだ。
逆に7011Fにラッピングされたのは少し似合わなかったかな??

そもそもラッピング電車が出たのはいつからだろう。
最近は本当に増えた。
山手線のE231系は車両ごとに違うラッピングをしていた時期もあったし、西武線ではライオンズのラッピングをしている。
こうしたラッピングを見るのもなかなか楽しい。これからも車両の良さを損なわないものであれば、ぜひ実施してほしいな、と思う。

・・・と言っているうちに28分が過ぎ、名古屋に着いてしまった。2000系は本当に速い。そして何度乗っても飽きない。。。。

名古屋からは元々乗る予定だった2200系岐阜行き特急の指定席に乗る。
空港始発のためか、指定席も結構乗っており、名古屋であまり降りなかった。
国府宮、一宮あたりへ行く人が多いのかも知れない。
2200系の指定席は、全く2000系と同じだ。快適である。
今後はこの車両が増え、本線もこれになるのだろうか?
前面展望がなくなり抵抗を感じる人がいるかもしれないが、この指定席は快適である。
一般席は少ししか乗っていないので何とも言えないが・・・・
少なくとも犬山-知多系統の特急はこれに置き換わるのだろう。
一宮で指定席からもかなりの人が降り、私の乗った1号車は4人だけとなった。

2200系特急は岐阜に着いた。新岐阜百貨店がすっかり取り壊されている。
私にとって名古屋と同じように(規模は違うけど)百貨店のある岐阜駅は憧れた大きな駅だったのだが、
やはりさびしい思いがした。すっかり新駅工事中であった。

岐阜→笠松→岐阜
お目当てのS6普通セントレアまで時間があるため、SR2に乗るために5303Fに乗った。
乗ってちょっと悲しくなってしまった。
かなり車内が汚れており、明らかにくたびれていたからだ。
デビューしたころは本線の高速・急行で颯爽と走り、また一時は一部指定席の一般車として走っていただけに
この姿はショックであった。。。。
笠松からは急行で銀電が来たのでそれで折り返す。銀電の走りっぷりはなかなか良かった。
でも車内がもう少し明るいといいかな・・・と思った。

岐阜に着いた私はまた悲しくなってしまった。。。
今回の出動も悲しくなってばかりのような気がする。
というのも、駅前を歩く人の姿がとても少ないからだ。
とても県庁所在地の駅前という感じがしない。
今セントラルタワーズやミッドランドスクエアなど、魅力的なスポットがどんどんできている名古屋に行ってしまっているのだろうか。
岐阜はよく「商店街が地盤沈下している街」としてTVで紹介されている。もう少し元気になってほしい。
JRも名鉄も駅もきれいになったのに。。。。
と、JR岐阜駅の方を見ると、ゆうに40階以上ありそうな高層ビルが建っていた。
どんな施設が入るか分からないが、楽しみである。

それにしても、路面電車のいなくなってしまった道路は本当に広く見える・・・・
 
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乗車記その3

 投稿者:中京  投稿日:2007年 4月 9日(月)14時48分55秒
返信・引用
  太田川→中部国際空港

太田川は、常滑線、河和線の分岐駅という重要な役割を持った駅なのだが、その割には
ちょっと設備が貧弱なイメージを持っていた。
が、ここが2層高架化されると、大きく生まれ変わる。そうなると、今は静かな駅前も、
大きく変わるのかもしれない。
次の電車を待つ間、20数分あったのだが、その間にいろいろな車両に会った。
まず会ったのが、オール銀電(3150+3150+3300)の可児急。初めて見たので、なかなか
壮観であった。この組み合わせが増えるのだろう。
次に、2000系重連の岐阜特急。2000系の特急に会うのも初めてである。春休みということもあり、車内は結構混んでいた。
その後、朝トップバッターで乗った7019Fの河和急行、また私にとっては珍しかった7009Fの金山快急、豊橋からの1200系セントレア特急など。
豊橋-セントレア特急は間近で初めて見た。実は利用率を少し心配していた。
だが一般車は立ち客がおり、指定車は展望席は人がいなかったが、
1号車の後ろと2号車は結構乗客がいた。やはり豊橋・岡崎方面からセントレアに直通できるのは大きいのかも知れない。
こうしていろいろな車両と出会うことができた。改めて、名鉄は個性的な車両や運用が
多く、見ていて飽きないと感じる。

さて、次に乗るセントレアダラはどの編成が来るだろうか・・・久しく会っていない7011Fや7037F、7047Fあたり来ないかなあ、と思っていた。
そこへ太田川止まりのP4がやってきた。おお!7037Fだ!
前々回の7017Fといい、P4は希望通りの車両が来て、怖いくらいだ。
7037Fは折り返しセントレアダラとして再度入線してきた。7037の先頭に乗る。乗客はほとんどいない。
7037Fは日車のDVDで見たときはかなり整備されているように見えたのだが、先頭の座席は
かなりくたびれており、その他の部分もくたびれていた。
7017Fほどではなかったが・・・・7037Fは早くから白帯になっていたため、今の姿は
ちょっと痛々しく感じる。
こういう姿を見ると「華やかなまま引退させたほうがよかったのかなあ」と複雑に思う。
だが、走りっぷりは悪くない。この車両の中間車は2次車なので、尾張横須賀-寺本の間は7158に乗る。
もともと7007Fにいた中間車なのだが、本体の編成とは本当に違う道を歩んでいる。
さっきの7025Fの中間車もそうなのだが、くっつく先によって運命ががらりと
変わってしまうところが、7000系の魅力でもある。
白帯になれなかった本体の編成からは、うらやましがられているかもしれない。
朝倉では、山側にお父さんと小学1年生くらいの男の子が乗ってきた。
嬉しそうにお父さんの手を引いて、展望席に座った。

「お父さん、このパノラマカー、何で座席が違うの?」
「パノラマスーパーが出る前に、白帯を付けて特急で走っていたからだよ」などという
やり取りをしている。
今も昔も変わらない、お父さんから子供への、パノラマカーの魅力を伝えるひとときだ。
私は娘しかいないので、こういうやり取りを見ていると本当にうらやましく感じる。
私もパノラマカー一番列車に乗った父からよくパノラマカーが出た頃の話を聞いた。
でもこの子が親になったときには、もうパノラマカーもスーパーもいないだろう。
前面展望の魅力を伝えられるような車両はそのとき、名鉄にいるのだろうか。
なのでもっとたくさんのお父さんに子供にパノラマカーの魅力を伝えてほしいなあ、
と思った。

7037Fは昔の姿を無性に良く覚えている。
見慣れない逆さ富士が付いていたことがあったからだ。それが後に、試験的に自動方向幕
だったと分かる。
名鉄の自動方向幕は7037Fだったのだ。その後も白帯になってから良く会った。

西ノ口では6000系のセントレア急行に抜かれた。久々、6000系1次車の爆音を聴くことが
できた。
もう6000系1次車も出てから30年経つのだ。いかにも「一生懸命走ってんだぞ」という
爆音には魅力を感じる。
常滑では2000系重連の快特に抜かれる。後ろはポケモンのラッピング車両であった。
セントレアフレンズ号もそうだったのだが、2000系のラッピングはいやみがなく非常に
マッチしていて良い。
さっきの子も「あ、ポケモンだ!セントレア着いたら見ようね」とお父さんに言っていた。
そこへ、携帯メールで「能登半島の大地震」という知らせが入る。名古屋も震度3で
揺れたらしい。
この後の行程は大丈夫だろうか?と心配になる。
いや、それ以上に心配なのは能登の人たちだ。
阪神大震災の半月ほど後に震災復旧の仕事で神戸に行ったことがあるが、被災地の姿は
本当に声が出なかった。
何年もかけて築いてきた生活の基盤が一瞬にして壊れ、大事な人を失う悲しみを味わう人も出てきたり。。。
そう考えると、今こうして名鉄を楽しんで乗れていることにありがたみを感じなければ
ならない。

7037Fは地震の影響もなく空港連絡橋を渡っている。だだっ広いセントレアや海を
展望車から見るのはやっぱり気持ちが良かった。
「よし、次はポケモンに乗ってみよう」この後2200系特急に乗ることにしていたが、
予定変更を決めた。
 

乗車記その2

 投稿者:中京  投稿日:2007年 4月 9日(月)14時45分53秒
返信・引用
  河和→阿久比→太田川

雨上がりの日曜朝の河和駅はひっそりとしていた。だが少し冷たい空気が気持ちいい。
河和からは(各)岐阜急7005Fで太田川まで行く予定である。さっき栄生から名古屋まで
一区間乗った車両だ。
今回は9次車7105に乗ることにした。
ホームには人がほとんどいなかったが、乗っている人は意外と多い。
失礼ながら、河和で電車に乗る人は少ないだろうと思っていたので少しうれしかった。

電車は緑いっぱいの単線区間を折り返していく、右手に海が見えると河和口だ。
電車から海が見えるというのは本当にいいものである。
富貴では内海からの普通列車の接続を取ったのだが、乗り換え客が意外に多く、
座席がかなり埋まってきた。
これは知多武豊、青山、成岩と停車するうちにどんどん乗客が増え、知多半田では
かなりの立客が出ていた。
特急が全車指定の河和線では、急行の需要は高いのかもしれない。
これも一部指定特急が走り出すと流れが変わるかも、そしてJR武豊線との競合が
激しくなるかも、と思う。

青山で河和急行7001F、知多半田で河和普通7043Fに会った。河和線はパノラマカーが多い。

9次車は私はあまり好んで乗ったことがなかった。
だからさっき栄生で乗ったときも、乗ったのは1次車7005であった。
心の中でどこか「パノラマカーらしくない」と思っていたのかも知れない。
そういえば9次車が出たとき、当時の新聞で「これもパノラマカー」「両開きのパノラマカー」なんて見出しだった覚えがある。
特別料金不要とはいえ、パノラマカーは特急車であり、通勤車のような両開きには
みんな違和感を感じたのかも知れない。
以前父に聞いたことがあるが、その当時のラッシュはすさまじかったらしい。
特にパノラマカーは乗降が不便で、よく遅れたと聞いている。
それでもパノラマカーや2扉クロスの伝統を守りたかったのかもしれない。それが
9次車の両開きになったのかなあ、と思う。
シートピッチも大柄な私にとっては明らかに狭く、5500系と同じ肘掛はやはり違和感があるが、その他はやっぱりパノラマカーだ。
結果的に、この翌年6000系が出たのだが、9次車の経験が生かされたのであろう。
これが9次車に乗るのも最後になるかも知れない、そしてのちの名鉄車両に大きな影響を
及ぼしたかも知れないこの車両に愛着が出てきたのも確かだ。

「よし、太田川まで9次車の走りを味わうぞ」
そう思ったそのとき、電車は阿久比に着いた。
横を見ると「あっ!7025Fがいる!」
前々回、P重連急行で会った7025Fであった。
これに乗っても太田川でのP4セントレア普通に間に合う。。。そう思った次の瞬間、
私は7026に向かって歩いていた。

「また会えましたね!元気そうで何よりです」
7025Fを見た時の私の思いだった。
今回の乗車計画を立てていたとき、想定していなかった出会いだけに、喜びも倍増である。

7025Fは、多くの編成が白帯化され、華やかな道を歩んできた他のP4に比べて地味な経歴を送ってきている。
そもそも、4次車は先頭車しか造られず、最初に中間にいたのは何と7001Fにいた
中間車であった。
7025、7026にとっては先輩が中間にいたのはやりにくかったのかな?とも思う。
今は後輩の8次車が中間にいる。これは同じ4次車の7027Fも同じ運命だ。
が、気がつけば周りはほとんど引退していた。7027Fは中京競馬場で眠り、7021F,7023F,7029F,7031Fは既に天に昇っている。
そんな中で残っているのは本当に「奇跡」かもしれない。
いつ引退してもおかしくない、と考えていたので車内は結構ぼろぼろなのかな?と
思っていたが、7026はそれほどぼろぼろな感じはしない。だが、8次車の中間車は
やはり疲れているような感じもする。
座席特急などずっと陽のあたるところを歩いており、特別整備されていないこともあり、
さっき乗っていた7005Fの一次車よりも明らかに疲れている。
それを考えると、早く休ませてあげた方が良いのかも知れない。
でも4次車は最後の最後に大役を果たすことになる。中京競馬場に保存された7027Fは、
これからパノラマカーの走らない世代に、パノラマカーのすばらしさ、夢を伝える
重要な役割を担うのである。
7025Fは高架準備工事の始まっただだっ広い太田川に着いた。留置線には出番を待つ
7033Fが休んでいた。
さあ、次はP4セントレアダラだ。どの編成に会うんだろう・・・・
 
お得なプロバイダーとくとくBB

乗車記その1

 投稿者:中京  投稿日:2007年 3月27日(火)19時55分46秒
返信・引用
  その1:名鉄名古屋→栄生→名鉄名古屋→富貴→河和

朝6:30の名鉄名古屋。
「ドリームなごや」を降り、小走りで名鉄名古屋のホームに駆けつける。
反対側には満席という放送の「ミュースカイ」がやって来た。
名鉄の空港輸送もすっかり板についてきたんだなあ、と実感。
そこへ何事もなかったようにMHも鳴らず7019Fが入ってきた。
今回お目当てにしていたPでもある。
1区間だけだが、最後部の7019に乗った。
7019Fは車体更新も受けており、比較的きれいではある。が、やはり年輪を感じる。
周りは白帯を巻いた車両が多い中、7019Fは1度も白帯を巻くことなく過ごしてきた。
電車はあっけなく栄生に着いた。折り返し河和急行に乗る。
元気な1次車7005Fであった。この車両には後で会うのでここでは割愛。
名古屋までは1次車7005に乗る。
またMH鳴らない。残念・・・・

名古屋からは7:16の内海行き特急B4に乗車。
B4は今回、どうしても乗っておきたかった。
特急の一部指定化に伴い余剰となり、引退が発表されているからだ。
MHを鳴らしながら入ってきた。1020Fだ。
うう、正直一番当たって欲しくなかった車両だった。
1020Fは小雨降る薄暗い名古屋の街並みをいつもと変わらないペースで走っていく。
日曜早朝ということもあり、パノラマ席には私を含めて2名しかいない。
大同町-柴田では115kmを出した。2000系ミュースカイにも負けない走りっぷりだ。
2000系では速度計が表示される時間が少ないこともあり、1000系の車両が伸びたり縮んだりする速度計をずっと見る。
太田川を過ぎ、河和線に入った。
各駅は小綺麗に生まれ変わっている。良いことなのだが駅の個性がなくなってしまうようでちょっと寂しい。
椋岡駅も跡形がなくなっていた。
1020Fは知多武豊を過ぎ、快調に走る。
知多武豊以南は民家も少なくなり景色が開け、私も好きな風景だ。
車内はいたって綺麗で、これが廃車対象の車両だなんて本当に考えられない。

ここで、なぜ1020Fに会いたくなかったか・・・
今回の廃車で私が一番不憫に感じているのが1000系最終増備車、1020F、1021Fだからだ。
まだ登場してから10年しか経っていない。
他の鉄道会社を見ても、10年で引退する車両は滅多に聞かない。
1020F、1021Fがデビューした時は既に本線は一部指定席編成が大活躍しており、活躍の場は知多犬山、西尾線が残っている状況であった。
本線はたまに走るくらいであったろう、と思う。
決して十分働いて老朽化したわけではない。名鉄の特急政策に合わず、
引退を余儀なくされてしまうのだ。
一方では「もう十分」と思えるくらい活躍し続けた7000系。
そう考えると、本当に不憫に思えてきた。

私は1000系は大好きである。
7000系白帯車も大好きであったが、正直、指定料金を取る特急として考えると
少し物足りなさを感じていた。
1000系が出たときは驚いた。こんなに本格的な特急車両が出るとは
考えていなかったからだ。
そして何より、パノラマカー、パノラマDXの前面展望を受け継いでくれたことが
うれしかった。
パノラマカーから見る景色とはちょっと違う高いところからの景色、
そして下から聞こえる運転士のきびきびとした指指換呼の声。
そしてMHのメロディーまで変え、夢のあるイラストで子供たちに大人気だった
「BlueLiner1007Fは、今でも忘れられない。
短い活躍だったが、1000系全車指定編成には本当に「ありがとう」と言いたい。

1020Fは無事、富貴に到着した。
本当はこのまま内海まで乗りとおして、遠くに見える海を見たかったが、次の乗り換えのため、降りて見送った。
ありがとう、1020F・・・・

富貴からは3500系河和ダラに乗る。
民家も少なくなり、ローカルムード満点だ。
布土も椋岡と同じく、跡形もない。
河和口から見える海にほっとする。そういえば河和口は、小学生の頃みかん狩りで降りた駅だ。
海の見える線に乗るのは私は大好きだ。でも河和口も駅舎建て替えの真っ最中だった。
みかん狩りの時は駅員さんもいたっけ。。。
あの時はホームにあふれんばかりのみかん狩り客が電車を待っていた。今はどうなのだろうか。。。

河和口から河和は単線区間だ。
海から山に分け入っていくような感じのする区間だが、木のものさえある細い架線柱とコンクリート枕木のアンバランスがまたいい。
いつまでもこの雰囲気で残っていて欲しい区間である。
電車は河和に着いた。次に乗る7005F (各)岐阜急行は既に待っていてくれた。

(その2へつづく)
 

戦々恐々?瀬戸線6000系

 投稿者:中京  投稿日:2007年 3月20日(火)19時56分21秒
返信・引用
  とある日の喜多山車庫。
瀬戸線に転勤し?すっかり慣れ、毎日生き生きと走っている6023Fと6024Fが何やら深刻そうに話しています。
ちょっと聞いてみましょう・・・
6023F:「なあなあ、知ってる?今度できる尾張旭の検査場のこと・・・」
6024F:「うん、知ってるよ。塗装設備がないんだろ。」
6023F:「その関係でか、俺たち、本線系に戻るらしいぜ。」
6024F:「やったあ!!!!!!!!!って喜びたいところだけど、今回は帰りたくないよな。。。」
6023F:「そうだよなあ。俺達が戻ると、パノラマカーさんが引退するらしいもんな。俺達
    半殺しだぜ。。。」
6024F:「あれだけ絶大な人気のあるパノラマカーさんを追い出すんだもんな。俺達人気ない
    もんなあ」
6023F:「6001さんとか、6015さんなんかは、まだパノラマカーさんの流れを汲んでるから
    見てくれる人いるけど、俺達はなあ・・・・」
6024F:「そうそう、出たころクーラーの効きが悪くて。「お前らまじめに冷房付けてんのか
    この野郎!」とか散々だったもんなあ。。。本線帰りたくないよ(涙)」
6023F:「その点、瀬戸線にいればまだ平和だもんね。ここで一生終わりたいけど、だめか     な」
6024F:「おそらく6750は引退するんだろうね。あいつらがうらやましいよ。6600さんはわか    らないけど」
6023F:「本線系に戻ったら、俺達どんな運用に就くのかな?」
6024F:「うーん、三河線はこれまた絶大な人気の7700さんと7100さんがいるだろ。」
6023F:「セントレアって見てみたいんだけど、俺達行ったら非難ごうごうかなあ。あと、
    快速急行ってできたみたいだから、それにも就きたいけど」
6024F:「おいおい、そんな欲張ったこと言ったらみんなにまた非難されるぜ。控えめに
    しないと」
6023F:「あれこれ考えるとやばそうだから、いっそのこと考えるのやめて、毎日運用に
    就いた方がいいかな?」
6024F:「俺考えたんだけど、昔瀬戸線にいた900さんみたいに、転換クロス付けて、ミュー    ジックホーン付けて、特急復活させるなんてどう?」
6023F:「おいおい、お前も欲張ったこと考えてるじゃん。もうこの話やめて、さっさと
    運用に就こうぜ」
6024F:「おう、分かった。じゃあ、またな」
 

取材という訳ではないですが

 投稿者:中京  投稿日:2007年 3月18日(日)14時36分12秒
返信・引用
  久々、名鉄を訪ねます。
今回は休日ということで、なかなか予定を立てるのが難しかったです。
特にP4に会うのは難しいですね。。。
ただ、幸い早朝から乗ることができるので、S6なんかは結構捕まえられそうです。
計画を立てたら特急指定席車は全部乗ることに・・・1600系も形を変えてしまい、
1000系B4もいなくなってしまうので、今回の乗車はぜひいい思い出にして、また
物語をたくさん書けるといいな、と思います。
 
お得なプロバイダーとくとくBB

新名古屋地下トンネルへの思い

 投稿者:中京  投稿日:2007年 3月 7日(水)19時53分47秒
返信・引用
  皆様も何度も通っている「新名古屋地下トンネル」。
駅は「名鉄名古屋」になったのにどうして名前変わらないの?というのは別にして、
このトンネル、前後も含めて、奥が深いな〜、と感じています。
豊橋方に比べて、岐阜方がかなり長いのはともかく、豊橋方と岐阜方で、街の雰囲気が全然違うんですね。
まず、豊橋方は非常に景色が広々と感じます。
理由の1つには、すぐ横を幅の広い道路が通っているからかもしれませんが、名古屋駅前から続く大きなビルなどが見えることから、街が開けてるかな〜、という感じを受けるのかもしれません。
また出てすぐバスセンターの壁?がありそれが明るい雰囲気に一役買っているのかもしれません。

逆に岐阜方は、ちょっと下町っぽい雰囲気があります。
低い家が建て込んでいるので、よけいそう感じるのかも知れません。
豊橋方だと間近なセントラルタワーやミッドランドスクエアなどの高層ビルが、岐阜方からだとかなり遠くに見えます。
また、トンネルに入る直前の壁はかなりすすけており、(開業時からほとんど変わっていないかもしれません)それが独特の雰囲気をかもし出しているのかも知れません。

私も何度も新名古屋地下トンネルは通っていますが、この雰囲気が本当に大好きです。
P車やスーパーの展望席でこの雰囲気の違いを味わうのが本当に好きですね。
この両端での雰囲気の違いは、通過タイプの地下駅のほとんどない他の私鉄やJRでは味わえないものです。

栄生-西枇杷島間の急カーブもそうですが、この名鉄の「心臓」と言われる枇杷島分岐点-神宮前間は戦争真っ只中の昭和16年〜19年に開通しているんですね。
特に戦争が激しくなり、それこそ「空襲警報」を警戒しながらの工事は本当に大変だったことと思います。
資材も不足している中で、木で高架を組んだ区間もあったと聞きます。
新名古屋が名鉄名古屋になりあまり当時の面影を知るようなものがなくなった今、このすすけたトンネル入口の壁は、ちょっとだけその当時を感じさせてくれるなあ、と思います。

どんなに車両が新しくなっても、どんなに駅がきれいに生まれ変わっても変わらないこの雰囲気。

できればずっと残っていてほしいなあ、と思う風景です。
 

以上は、新着順1番目から10番目までの記事です。 1  2  |  《前のページ |  次のページ》 
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